クリーンディーゼルは実在したのか?2016年03月24日 22:35

少し旧聞になってしまったが、VWの排ガス不正問題について。

技術に詳しい人がいないのかニュースではあまり言及されていなかったが、この件において最大の疑問は、そもそもディーゼルエンジンで最近の厳しい排ガス規制をクリアできるのかという点だ。

北海油田からの「蔵出し」石油が使えたヨーロッパでは、以前、軽油がだぶついていたため(ガソリンと軽油は同じ比率でしか生産できない)、有効活用できるディーゼル車の開発が進んだ。しばらくすると「クリーン化に成功したので普及を推進する」と言い出し、最近では「クリーンディーゼルこそ最高のエコカー」といった宣伝文句で中国など新興市場に攻め入っている。

しかし当初から「本当にディーゼルで排ガス規制をクリアできたのか?」といった疑問は日米のエンジニアのあいだで出ていた。燃焼を完全にコントロールできないエンジンでは難しいからだ。その疑問は今も解決していない。

で、今回、不正なソフトウェアで検査をごまかしていたということが判明したからには、結局、真相はこうなのではないか。

1、ある程度のクリーン化はできたが、厳しい排ガス規制をクリアするにはパワーをかなり落とす必要があり、完全ではない。
2、自動車として普通に走ると環境負荷は高くなってしまい、とてもエコカーとはいえない。

つまり、喧伝しているようなクリーンディーゼルは実在しない可能性があり、だとすると、VWは今後、まったく手も足も出せないまま制裁金を払い続けることになる(フルボッコ状態)。もちろんドイツ政府が支援するとしても、かなりやばい事態ではないのかという気がするのである。

人工知能が囲碁で勝ったからといって何?2016年03月25日 01:00

世界最強といわれる棋士に人工知能が勝ったということで、先々週あたり、ちょっとした話題になった。舞台となった韓国では今でも「人間がコンピュータに負けるわけない!」と興奮した報道がなされているそうだが、それにしてもこの騒ぎ、なんかおかしくないか?

囲碁だろうと五目並べだろうと数学によって勝つ方法が必ず導き出されるゲームは、いつかコンピュータが勝利する。これはあたりまえで、あとは「ルールが複雑なほどその時期が後に延びる」だけの話だ。どの分野であっても、いつか機械の能力は人間を上回る。これは予定された話であって、特別に騒ぐことではない。

しかしそうだからといって囲碁の魅力が失われたわけではない。機械は機械、人間は人間なので、今後も人間どうしで最強を決める戦いをすればいいだけの話だ。

だいたい、100メートル競走では150年ほど前から自動車が人間を抜いている。だからといってオリンピックの競技から外されないし、みんなもテレビに釘付けになる(「自動車より遅い」なんて誰も批判しない)。機械と人間の関係とはそういうものなのだ。

今後、さらにコンピュータが発達すると人間がいらなくなるのではないかと心配する人がいる。もちろんそれもありえない。

電信、電話、携帯電話、メールと通信システムは飛躍的に進歩し、今やコミュニケーションの大半は人と人が、直接、会わなくてもできる。しかしそれでも対面することの価値はあまり変わらず、家族も友だちも恋人も何かにつけて会いたがる。つまり人間社会の基本は変わらないのだ(進化はするが)。

実はこのあたりは科学・技術だけを見ていてもわかりにくい。むしろ経済学の理論を用いて分析していくと、無駄なお金を使ってくれないロボットだけの社会なんか成り立たないことがすぐにわかるのに、もう少し冷静に判断してほしいものだといつも思う。

突風でエア滑り台倒れる2016年03月31日 13:07

30日午後、神奈川県小田原市の児童公園において、空気で膨らませるエア滑り台が突風にあおられて倒れ、児童ら11人が怪我をしたという事故。現場の対応だけでなく、その後の報道も含めて、あいかわらず科学・技術への理解が足りないと感じたので一言。

TBSの報道によると「滑り台は空気を抜いた状態で重さおよそ200キロ。20キロの重りを10個つけて固定していた」とのこと。合わせて400キログラム以上になるので「大丈夫だろう」と感じたのかもしれないが、風による力は横向きに働くので、実は重りを増やしてもあまり意味はない。実際、滑り台が吹き飛んだ映像をみると重りは順番に流されていっているので、量による効果の少ないことがわかるはずだ。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2737216.html
https://www.youtube.com/watch?v=6TSV5TBnjVQ

逆に、重りが多いせいでリスクが高まってしまった。今回、幸いにも被害はなかったものの、風にあおられた20キロもの重りが頭にぶつかったりしたら死傷事故になりかねなかっただけに、もっと真剣に考えるべきである。この手のものを固定する場合、常識的には重りではなく地面に打ち込んだペグなどを利用すべきだ。報道では「コンクリートで舗装してあったのでできなかった」と説明があったが、それなら数十トンクラスのトラックでもそばに停め、そこからロープを張るべきだっただろう(もちろん風上に停める)。

テレビの報道でもっとも気になったのは、「以前、この滑り台の係員として働いていた」として登場した女性のコメント(TBSのサイトから引用)。

「古くて。粘着テープとかでふさいでいたので元の状態よりは不安定だったと思う。風が強すぎたり子どもがジャンプしたりすると大変でした」

この場合の「不安定」は滑り台が古くて空気が抜けやすくなっていたからで、今回の事故とは関係ない。むしろ空気が抜け気味のほうが風による力を逃がしやすいので、事故を軽くした可能性さえあるほどだ。
問題なのは、こんな無意味なコメントがそのままニュースで流れてしまうことだ。要するに、取材の現場から編集、チェックのすべての過程においてまともに科学センスのあるスタッフがいなかったということなのだろうが、それって少し恥ずかしくないか?

それから、TBSは翌日の「ひるおび!」という番組でもこの話題を採りあげ、遊技の設置基準に風速の規定があったにもかかわらず現場に風速計を用意していなかったことを指摘した。出演者たちは口々に「規定があるのにおかしいですよね」と憤っていたのだが、これもちょっと的外れだという気がする。そんなものがなくても風による事故の危険性が高まったときには滑り台そのものが揺れていたはずで、それを知った段階で使用をやめ、空気を抜けばいいからだ。数字だけに頼るより、現場ではこのような現実的な対応のほうが効果的なことは多い。

自然の風というのは10メートル離れれば状況が変わるので、小さな風速計ひとつ持っていたからといって正しい判断ができるとは限らない。さらに突風というのは平均的な風速の1.5~2倍に達するので、観測上風速5メートルだとしても10メートルの風が吹く可能性はある。風速が2倍になると生じる風圧は4倍になる。つまり、1人を相手にぎりぎり戦いを続けていたところに、いきなり3人の敵が加勢してくるようなものなのだからひとたまりもない。

簡単に設置できるエア遊具は便利なのでこれからも有効に活用すべきだろう。ただし、もう少し科学や技術の眼をもって安全に遊んでほしい。