ベトナム、ハノイ旅行情報メモ3:共産主義遺産をいろいろ楽しむ ― 2018年10月17日 01:21
東ヨーロッパでは「アスベストが大量に使われていて危険」という口実で社会主義時代の建築物が次々と消滅していますが、ベトナムは今でも共産党による独裁政権なので(いわゆる「プロ独」。すでに古語ですね)、けっこう残っています。上の写真はハノイ駅のそばにある文化宮殿(Viet Xo Friendship Labour Cultural Palace)。わかる人にはわかるように、この名称はかつてのソビエト連邦が衛星国に建てた(建てさせた?)友好施設です。普通の人がわざわざ行く必要はありませんが、この手のものが好きな共産趣味者は、ぜひ、足を運んでみてください。
ハノイでもっとも有名な観光スポット、ホーチミン廟も共産主義国のシンボルっぽい建築物ですが、入場時間や規則がいろいろ厳しいので、エンバーミングに興味がある人以外はさらっとパスしちゃったほうがいいです。それより、近くにあるホーチミン博物館に向かうべきでしょう。まず建物がかなり共産主義的なので、無駄な迫力に圧倒されます。そして中に入ると、偉人の人生を紹介している一方で、それより目出つ、やたら大きなアート作品群。しかも評価が微妙なものばかりで、いったい何のミュージアムなのかわからないほどシュールです。それでも地元の人でいっぱいなんだよなあ。ここのいいところは、割と売店が充実していること。出口の先には、自動車タイヤでつくったホーチミンサンダルの専門店まであります。町中では絶対に買えないものだけに、興味のある人はぜひ。
ベトナム軍事博物館はベトナム戦争を学ぶうえでは貴重で、撃墜したアメリカ軍の飛行機などはすでに歴史的な遺産になっています。ただし、ここに行ったら道を挟んだレーニン公園まで足を運んでください。そう、あのレーニン像が堂々と飾られています。しかし、市民の関心は薄いようで、その前の広場にはおもちゃの電気自動車やスケボーをする人ばかり。銅像の前に広いスペースが用意されているのは、たぶん「レーニン様を偲んで集まる人」のためだったのでしょうが、今やその最後の砦も危うくなっています。
ハノイでもっとも有名な観光スポット、ホーチミン廟も共産主義国のシンボルっぽい建築物ですが、入場時間や規則がいろいろ厳しいので、エンバーミングに興味がある人以外はさらっとパスしちゃったほうがいいです。それより、近くにあるホーチミン博物館に向かうべきでしょう。まず建物がかなり共産主義的なので、無駄な迫力に圧倒されます。そして中に入ると、偉人の人生を紹介している一方で、それより目出つ、やたら大きなアート作品群。しかも評価が微妙なものばかりで、いったい何のミュージアムなのかわからないほどシュールです。それでも地元の人でいっぱいなんだよなあ。ここのいいところは、割と売店が充実していること。出口の先には、自動車タイヤでつくったホーチミンサンダルの専門店まであります。町中では絶対に買えないものだけに、興味のある人はぜひ。
ベトナム軍事博物館はベトナム戦争を学ぶうえでは貴重で、撃墜したアメリカ軍の飛行機などはすでに歴史的な遺産になっています。ただし、ここに行ったら道を挟んだレーニン公園まで足を運んでください。そう、あのレーニン像が堂々と飾られています。しかし、市民の関心は薄いようで、その前の広場にはおもちゃの電気自動車やスケボーをする人ばかり。銅像の前に広いスペースが用意されているのは、たぶん「レーニン様を偲んで集まる人」のためだったのでしょうが、今やその最後の砦も危うくなっています。
豊田真由子議員の件 ― 2017年09月19日 23:26
秘書への暴言および暴行疑惑でお馴染みの豊田真由子議員が約3カ月間の雲隠れ、もとい「入院」を経て記者会見を行ったことでいろいろ論評されているのだが、その内容が少し気になったので、僕なりの解釈を加えておきたい。
今回、秘書への言動がきっかけで表沙汰になった事件ではあるものの、問われているのは彼女の「行為」よりも「人間性」とか人格であるように思う。表では上品でやさしい人を演じながら裏では下品で怖い人をさらけ出してしまう。そんなサイコな二面性に人々は不安や恐怖を感じるのである。
したがって、会見をするなら、まず自分が不完全で未熟な人間であったことを認めて素直に謝罪し、これからは努力するので「成長する時間をください」「数年後の自分を見て改めて評価してほしい」と決意表明をするべきだった。そうすれば、一応、筋は通るのに(それでも再起は相当に厳しいとは思う)、内容をみている限り、「人間性」への言及はほとんどなかったのは完全に失敗だろう。
結局、会見で豊田氏が反省しているようにみせていたのは「行為」についてだけで、しかも、以下のようにかなり言い訳がましいものだ。
「私の言動というものは、たとえどんな事情があったにせよ決してあってはならないことであります。そこは本当に私も、音声を聞くたびに本当に呆然としてしまいますし、どうしてこんなことを言っちゃったんだろうって、本当にどうかしてたなというふうに、どうしちゃってたんだろうというふうに思います」
つまり彼女は、
・自分の人間性にはまったく問題はない。
・特殊な事情があったのでああいう結果になってしまっただけで、一種の不可抗力だ。しかも実際には報道されているほどひどいものではなかった。
と言ったに過ぎない。これでは「論点がずれているうえに不充分」であり、とても火消しにならないだろう。
なぜ、こんなおそまつな展開になったのかと考えると、次の3つのケースが想定できる。
1、すでに周囲にはまともなスタッフがおらず、人間性および事務処理能力などに問題のある豊田氏がすべて決めている。
2、多少はスタッフがいるものの、適切なアドバイスができるレベルの人たちではない。
3、まだ少しは優秀なスタッフが残っているが、豊田氏の性格はあいかわらずで、助言を聞こうともせず自分の考えだけで突っ走っている。
豊田氏の公式ウェブサイトをみると、3カ月以上、更新が止まっており、自民党を離党(というかクビ?)したにもかかわらず、未だにこんな写真を掲載しているほどだ。こういうところが二流なんだよなあ。不祥事を起こした場合には、少しでも早くトップページに「お騒がせして申し訳ございません」といった謝罪の言葉を載せるべきなのに、そんな簡単なことがきないほどスタッフ不足なのか、あるいは本人がそうさせないのか、賢明なメディアはそのあたりも追求してほしい。
ともあれ、身を隠していようと意味のない記者会見に時間を費やしていようと、衆議院議員には手当を含めて毎月180万円以上の給与が国庫から支給されている(その他の経費も合わせると倍くらい?)。最低でも3カ月分は返上したほうがよくないか?。
今回、秘書への言動がきっかけで表沙汰になった事件ではあるものの、問われているのは彼女の「行為」よりも「人間性」とか人格であるように思う。表では上品でやさしい人を演じながら裏では下品で怖い人をさらけ出してしまう。そんなサイコな二面性に人々は不安や恐怖を感じるのである。
したがって、会見をするなら、まず自分が不完全で未熟な人間であったことを認めて素直に謝罪し、これからは努力するので「成長する時間をください」「数年後の自分を見て改めて評価してほしい」と決意表明をするべきだった。そうすれば、一応、筋は通るのに(それでも再起は相当に厳しいとは思う)、内容をみている限り、「人間性」への言及はほとんどなかったのは完全に失敗だろう。
結局、会見で豊田氏が反省しているようにみせていたのは「行為」についてだけで、しかも、以下のようにかなり言い訳がましいものだ。
「私の言動というものは、たとえどんな事情があったにせよ決してあってはならないことであります。そこは本当に私も、音声を聞くたびに本当に呆然としてしまいますし、どうしてこんなことを言っちゃったんだろうって、本当にどうかしてたなというふうに、どうしちゃってたんだろうというふうに思います」
つまり彼女は、
・自分の人間性にはまったく問題はない。
・特殊な事情があったのでああいう結果になってしまっただけで、一種の不可抗力だ。しかも実際には報道されているほどひどいものではなかった。
と言ったに過ぎない。これでは「論点がずれているうえに不充分」であり、とても火消しにならないだろう。
なぜ、こんなおそまつな展開になったのかと考えると、次の3つのケースが想定できる。
1、すでに周囲にはまともなスタッフがおらず、人間性および事務処理能力などに問題のある豊田氏がすべて決めている。
2、多少はスタッフがいるものの、適切なアドバイスができるレベルの人たちではない。
3、まだ少しは優秀なスタッフが残っているが、豊田氏の性格はあいかわらずで、助言を聞こうともせず自分の考えだけで突っ走っている。
豊田氏の公式ウェブサイトをみると、3カ月以上、更新が止まっており、自民党を離党(というかクビ?)したにもかかわらず、未だにこんな写真を掲載しているほどだ。こういうところが二流なんだよなあ。不祥事を起こした場合には、少しでも早くトップページに「お騒がせして申し訳ございません」といった謝罪の言葉を載せるべきなのに、そんな簡単なことがきないほどスタッフ不足なのか、あるいは本人がそうさせないのか、賢明なメディアはそのあたりも追求してほしい。
ともあれ、身を隠していようと意味のない記者会見に時間を費やしていようと、衆議院議員には手当を含めて毎月180万円以上の給与が国庫から支給されている(その他の経費も合わせると倍くらい?)。最低でも3カ月分は返上したほうがよくないか?。
旅行会社は危うい商売、「てるみくらぶ」の破産騒動に関して ― 2017年03月31日 02:18
旅行代理店「てるみくらぶ」の破産によって多くの人が迷惑を受けた。2年ほど前から経営的にはかなりやばい状況だったにもかかわらず、新規受付&入金を繰り返すことでなんとかやりくりしていたようだが、いつか破綻するのはわかっていたのだから、もう少し慎重に会社運営を続けるべきだったと思う。この点、完全に被害者に同情しているものの、一方で、世間一般の観光業界への認識の甘さにはあきれてしまったので、そのことを書きたい。
旅行会社は机と通信設備さえあれば業務ができる。お手軽に創業できる分、だめになるときも早い。これは、10年くらい前の旅行雑誌を探し出してきて、そこに紹介されている旅行代理店のうちの何社が残っているか調べればわかるはずだ。僕個人の経験でいえば、大学時代から40年近くのあいだに20社以上の旅行会社とつきあってきたが、今でも残っているの数社に過ぎない。8割以上は消えているはずで(倒産以外に買収・合併なども含む)、旅行業界とはそういうシビアな世界なのである。
つまり、旅行会社は他の業界より廃業のリスクが高く、いつ潰れてもおかしくはないのだから、そういう前提でつきあうべきだ。「そんなの、危なくて取り引きができないじゃないか!」と憤る気持ちはわかるが、実はリスクの判断はそう難しくない。要するに「他社より安い価格設定」は注意というわかりやすい構造になっている。
旅行商品を構成する足代や宿代は条件によって大きく上下するものの、情報はオープンなので、相場を利用して自分だけ儲けるのは難しい。今はネットで誰でも検索できるから、差別化するのは大変だ。それだけに、サービスで勝てない会社は身銭を切って安売りするしかなく、必然的に経営状況は悪化していく。
そんな綱渡りを続ける旅行会社でも数年は持ちこたえられるから、その間に商品を買った人は、大変、お買い得に旅することができるのだが、ただしそれはラッキーでしかないことを知るべきだろう。このような会社は、早晩、潰れるので、そのタイミングで申し込んでいた人は損をする。わかりやすくいえば「格安旅行会社を利用するのはロシアンルーレットをしているようなもの」なのだから、それなりの覚悟が必要だ。
明らかに相場より低い価格で販売している旅行会社は(「てるみくらぶ」は1~3割安いといわれた)、どう考えても無理してるわけで、それを「リスク込み」と受けとらなかったとしたら、資本主義社会への理解が低いとしかいいようがない。
安い旅行会社はいつか潰れる。だからこそ上手に利用すれば儲かるし、タイミングをミスった人は損をする。その事実は今後も変わらないと思う(もし全員に全額を保証したら旅行代金は値上がりしてしまい、結局、みんなが損をする)。
旅行会社は机と通信設備さえあれば業務ができる。お手軽に創業できる分、だめになるときも早い。これは、10年くらい前の旅行雑誌を探し出してきて、そこに紹介されている旅行代理店のうちの何社が残っているか調べればわかるはずだ。僕個人の経験でいえば、大学時代から40年近くのあいだに20社以上の旅行会社とつきあってきたが、今でも残っているの数社に過ぎない。8割以上は消えているはずで(倒産以外に買収・合併なども含む)、旅行業界とはそういうシビアな世界なのである。
つまり、旅行会社は他の業界より廃業のリスクが高く、いつ潰れてもおかしくはないのだから、そういう前提でつきあうべきだ。「そんなの、危なくて取り引きができないじゃないか!」と憤る気持ちはわかるが、実はリスクの判断はそう難しくない。要するに「他社より安い価格設定」は注意というわかりやすい構造になっている。
旅行商品を構成する足代や宿代は条件によって大きく上下するものの、情報はオープンなので、相場を利用して自分だけ儲けるのは難しい。今はネットで誰でも検索できるから、差別化するのは大変だ。それだけに、サービスで勝てない会社は身銭を切って安売りするしかなく、必然的に経営状況は悪化していく。
そんな綱渡りを続ける旅行会社でも数年は持ちこたえられるから、その間に商品を買った人は、大変、お買い得に旅することができるのだが、ただしそれはラッキーでしかないことを知るべきだろう。このような会社は、早晩、潰れるので、そのタイミングで申し込んでいた人は損をする。わかりやすくいえば「格安旅行会社を利用するのはロシアンルーレットをしているようなもの」なのだから、それなりの覚悟が必要だ。
明らかに相場より低い価格で販売している旅行会社は(「てるみくらぶ」は1~3割安いといわれた)、どう考えても無理してるわけで、それを「リスク込み」と受けとらなかったとしたら、資本主義社会への理解が低いとしかいいようがない。
安い旅行会社はいつか潰れる。だからこそ上手に利用すれば儲かるし、タイミングをミスった人は損をする。その事実は今後も変わらないと思う(もし全員に全額を保証したら旅行代金は値上がりしてしまい、結局、みんなが損をする)。
韓国で始まった新たな「ゲーム」 ― 2016年11月02日 02:36
韓国の大統領が権限もない友人に国家機密を漏洩したのではないかと疑われている事件について、日本における一連の報道には何かもの足りなさを感じる。なぜなら、この国が巨大な「いじめ社会」であることをちゃんと説明していないからだ。
韓国では常に勝ち組と負け組が明確に分けられる。ただし、この分類は実際に勝ったとか負けたといった結果によるものではないし、多数派対少数派という単純な図式でもない。そのときどきで、より「力がありそう」なほうが勝ち組となり、劣勢になった負け組を徹底的に押さえつける。しかも、その構図は状況によって刻々と変化していくので、見極めが大変だ。すばやく勝ち組の法則を探り出し、そっち側であることを示さないと自動的に負け組にされてしまう。勝ち負けを決めるのは一種のムードであったりすることも多いので、流行に乗り遅れないように、いつもびくびくしながらゲームに参加しなければならない。
大統領は、当然、勝ち組の中心にいるはずだ。だから多くの人が群がり、恩恵を受けようとする。しかし韓国の大統領制では5年間の任期しか認められず、再選は禁止されているので、終盤の4、5年目となると、どうしても、きな臭い動きが起きてくる。
任期が終われば大統領は絶対に交代し、権力構造も変わるのだから、次の勝ち組がどこになるのか早めに察知し、そっちに付かなければ大損だ。ちなみに、退任した「元」大統領は負け組になるので、その後はさまざまな攻撃を受け、不幸な末路をたどるケースが圧倒的に多い。
朴槿恵大統領の場合も、来年の2月で「あと1年」になるはずだったので、そのあたりからいろいろな動きが始まると考えていたら、今回の問題でスケジュールが一気に早まり、批判が集中してしまった。かわいそうな気もするが、身から出た錆なのでしょうがない。
彼女を以前から知る日本人は、それなりにバランス感覚のある政治家であり、しかも父親の朴正煕元大統領が旧日本軍の将校であったことから親日家だとみなしていた。実際、日本に対して特に悪い感情をもっている素振りはなかったという(日本料理店によく行き、蕎麦が好きだったとの証言がある)。ところが、大統領になった瞬間から、なぜか反日カードを切りまくり、周囲を驚かせた。豹変の理由については、ずっと謎とされてきただけに、崔順実なる人物にコントロールされていたのだとしたら、合点がいく。
ところで、崔氏がソウルの中央地方検察庁に出頭した翌日の朝、それとは違う最高検察庁にショベルカー(先端の鋏みたいなのは解体用のグラップルアタッチメント)で突っ込んでいった男が現れ、事件は悲劇なんだか喜劇なんだかわからなくなってきた。おそらく、この犯人は2週間前まで崔氏のことも知らなかったはずで、どうしてこんな行動に出たのか、わかるのは韓国人だけだろう。
この男の行いが「義憤に駆られた」ものだと決めつけるのは、たぶんまちがいだ。先ほどの「いじめ社会」の筋でいえば、もしかすると彼は冷静に計算して今回の行動に出たのかもしれない。どういうかたちであれ、負け組転落確定の朴大統領一派に一撃を与えたという印象を得れば次の勝ち組のシンボルになれる。事実、韓国のネットでは彼のことを英雄視する書き込みが目立つので(国際的にはただの馬鹿だが)、釈放後はイベントに呼ばれたり、講演をしたりして、けっこう、いい思いができそうだ。
今回の件を含め、韓国社会はなかなか袋小路から抜け出せない。実は経済や技術における危機的な状況について近々書こうと思っていたのだが、興味深いニュースがあったので、こっちを優先した。
韓国では常に勝ち組と負け組が明確に分けられる。ただし、この分類は実際に勝ったとか負けたといった結果によるものではないし、多数派対少数派という単純な図式でもない。そのときどきで、より「力がありそう」なほうが勝ち組となり、劣勢になった負け組を徹底的に押さえつける。しかも、その構図は状況によって刻々と変化していくので、見極めが大変だ。すばやく勝ち組の法則を探り出し、そっち側であることを示さないと自動的に負け組にされてしまう。勝ち負けを決めるのは一種のムードであったりすることも多いので、流行に乗り遅れないように、いつもびくびくしながらゲームに参加しなければならない。
大統領は、当然、勝ち組の中心にいるはずだ。だから多くの人が群がり、恩恵を受けようとする。しかし韓国の大統領制では5年間の任期しか認められず、再選は禁止されているので、終盤の4、5年目となると、どうしても、きな臭い動きが起きてくる。
任期が終われば大統領は絶対に交代し、権力構造も変わるのだから、次の勝ち組がどこになるのか早めに察知し、そっちに付かなければ大損だ。ちなみに、退任した「元」大統領は負け組になるので、その後はさまざまな攻撃を受け、不幸な末路をたどるケースが圧倒的に多い。
朴槿恵大統領の場合も、来年の2月で「あと1年」になるはずだったので、そのあたりからいろいろな動きが始まると考えていたら、今回の問題でスケジュールが一気に早まり、批判が集中してしまった。かわいそうな気もするが、身から出た錆なのでしょうがない。
彼女を以前から知る日本人は、それなりにバランス感覚のある政治家であり、しかも父親の朴正煕元大統領が旧日本軍の将校であったことから親日家だとみなしていた。実際、日本に対して特に悪い感情をもっている素振りはなかったという(日本料理店によく行き、蕎麦が好きだったとの証言がある)。ところが、大統領になった瞬間から、なぜか反日カードを切りまくり、周囲を驚かせた。豹変の理由については、ずっと謎とされてきただけに、崔順実なる人物にコントロールされていたのだとしたら、合点がいく。
ところで、崔氏がソウルの中央地方検察庁に出頭した翌日の朝、それとは違う最高検察庁にショベルカー(先端の鋏みたいなのは解体用のグラップルアタッチメント)で突っ込んでいった男が現れ、事件は悲劇なんだか喜劇なんだかわからなくなってきた。おそらく、この犯人は2週間前まで崔氏のことも知らなかったはずで、どうしてこんな行動に出たのか、わかるのは韓国人だけだろう。
この男の行いが「義憤に駆られた」ものだと決めつけるのは、たぶんまちがいだ。先ほどの「いじめ社会」の筋でいえば、もしかすると彼は冷静に計算して今回の行動に出たのかもしれない。どういうかたちであれ、負け組転落確定の朴大統領一派に一撃を与えたという印象を得れば次の勝ち組のシンボルになれる。事実、韓国のネットでは彼のことを英雄視する書き込みが目立つので(国際的にはただの馬鹿だが)、釈放後はイベントに呼ばれたり、講演をしたりして、けっこう、いい思いができそうだ。
今回の件を含め、韓国社会はなかなか袋小路から抜け出せない。実は経済や技術における危機的な状況について近々書こうと思っていたのだが、興味深いニュースがあったので、こっちを優先した。
「中国」に肩入れする人々の不思議 ― 2016年07月12日 23:48
中国が管轄権を主張する南シナ海のほぼ全域について、国際仲裁裁判所は「歴史的な権利を主張する法的な根拠はない」と全面的に否定した。国際法に基づけば極めて真っ当な結論であり、議論の余地さえない話だ。
南シナ海において中国が勝手に設定した「九段線※」と呼ばれる境界線については僕もいくつかの著書の中で疑問を述べ続けてきたのだが、どういうわけかそれに対して否定的な意見を伝えてくる日本人が何人かいて、驚いた。なぜまともな選挙すら行っていない独裁政権の言い分をそのまま受け入れてしまうのか不思議だったからだ。しかし、いろいろ考えていくうちに、ひとつわかったことがある。
※九段線
http://globalnation.inquirer.net/files/2012/04/disputed-south-china-sea-ma.jpg
ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)は後世の歴史観からいえばただの愚かな集団だったのだが、成長期においては意外なほど支持者が多かった。有名なところではアメリカのヘンリー・フォードは熱狂的で、多額な支援金すらわたしている。それどころか、ドイツがフランスに攻め入るまでは有力国の多くの政治家や経済人がヒトラーに理解を示していたのである。
その理由は実ははっきりしていて、独裁政権は決断が早く、わかりやすいからだ。そして停滞した世界情勢に風穴を開けてくれる可能性があるので鈍重な民主主義より魅力的に映る。つまり、「せっかち」なインテリがはまりやすい要素に満ちあふれているのである。
しかし独裁政権がやることは、あとから考えればだいたいまちがっている。これは歴史的な事実なので、中国の習政権も、今、かなりヤバイ橋を渡っていることを知らなければならない。
中国に肩入れする人は、もう少し冷静に考えてみてほしい。「南シナ海は2000年以上前から中国人が活動していたので中国の領土だ」という言い分が通るなら、日本人だってかなり広い海域に昔から進出していたのだから(南シナ海はもちろんオーストラリア近くまで行っていた人がいる)、太平洋の半分くらいは自国の経済圏だといっていいことになる。そうなるともう大変で、周辺国はすべて「歴史的な事実」を提示してさまざまな権利を主張し、さらにはキャプテン・クックの母国であるイギリスあたりも黙ってはいられず、あとはもう戦争で解決するしかない!
そういう最悪な事態を避けるために国際法が存在するのに、それを無視しようとする中国はどこに向かうのか? そしてそんな中国を一途に支持する人々はどういうユートピアを描いているのか? いろいろと興味の尽きないニュースである。
追記
「昔、俺の祖先がそのあたりにいたから今でも領有権がある」という主張を広げるなら、アメリカ大陸の先住民たちの先祖の一部は中国にまだ国家がない1万年近く前に「そのあたり」にいた可能性が高い。したがって「中国の広範囲にアメリカの管轄権が及ぶ」という考え方も成り立つんだよなあ。どうする?
南シナ海において中国が勝手に設定した「九段線※」と呼ばれる境界線については僕もいくつかの著書の中で疑問を述べ続けてきたのだが、どういうわけかそれに対して否定的な意見を伝えてくる日本人が何人かいて、驚いた。なぜまともな選挙すら行っていない独裁政権の言い分をそのまま受け入れてしまうのか不思議だったからだ。しかし、いろいろ考えていくうちに、ひとつわかったことがある。
※九段線
http://globalnation.inquirer.net/files/2012/04/disputed-south-china-sea-ma.jpg
ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)は後世の歴史観からいえばただの愚かな集団だったのだが、成長期においては意外なほど支持者が多かった。有名なところではアメリカのヘンリー・フォードは熱狂的で、多額な支援金すらわたしている。それどころか、ドイツがフランスに攻め入るまでは有力国の多くの政治家や経済人がヒトラーに理解を示していたのである。
その理由は実ははっきりしていて、独裁政権は決断が早く、わかりやすいからだ。そして停滞した世界情勢に風穴を開けてくれる可能性があるので鈍重な民主主義より魅力的に映る。つまり、「せっかち」なインテリがはまりやすい要素に満ちあふれているのである。
しかし独裁政権がやることは、あとから考えればだいたいまちがっている。これは歴史的な事実なので、中国の習政権も、今、かなりヤバイ橋を渡っていることを知らなければならない。
中国に肩入れする人は、もう少し冷静に考えてみてほしい。「南シナ海は2000年以上前から中国人が活動していたので中国の領土だ」という言い分が通るなら、日本人だってかなり広い海域に昔から進出していたのだから(南シナ海はもちろんオーストラリア近くまで行っていた人がいる)、太平洋の半分くらいは自国の経済圏だといっていいことになる。そうなるともう大変で、周辺国はすべて「歴史的な事実」を提示してさまざまな権利を主張し、さらにはキャプテン・クックの母国であるイギリスあたりも黙ってはいられず、あとはもう戦争で解決するしかない!
そういう最悪な事態を避けるために国際法が存在するのに、それを無視しようとする中国はどこに向かうのか? そしてそんな中国を一途に支持する人々はどういうユートピアを描いているのか? いろいろと興味の尽きないニュースである。
追記
「昔、俺の祖先がそのあたりにいたから今でも領有権がある」という主張を広げるなら、アメリカ大陸の先住民たちの先祖の一部は中国にまだ国家がない1万年近く前に「そのあたり」にいた可能性が高い。したがって「中国の広範囲にアメリカの管轄権が及ぶ」という考え方も成り立つんだよなあ。どうする?
ドイツはやっぱりやりすぎた? ― 2016年06月29日 01:30
EU離脱に関するイギリスの国民投票はいろいろな意味でおもしろかった。正直、残留派が僅差で勝つと思っていただけにびっくりしたのだが(人は重大な決断を迫られると往々にして保守的な結論を選ぶものだ)、どうしてこういう結末に至ったのだろうか。その理由を僕なりに考えていきたい。
日本ではドイツのことを理想的な国家だと持ちあげる人が多い。先進的な環境およびエネルギー政策、難民への人道的な対応、そしてEUという未来志向の地域統合体を築き、中心になって運営してきているところなどが評価のポイントのようだ。しかし、そんなに手放しで誉められるほどすばらしい国なのだろうか?
ドイツが「理想的な国家」なのは、ある意味、事実で、いつの時代もこの国は理想を追求してきた。1871年、普仏戦争に勝利したプロイセン王国は同族の周辺諸国を統一してドイツ帝国を成立させる。ドイツの近代史はここから始まるのだが(実は明治維新より遅い)、フランスのように「市民革命を経ても王制時代から続く中央集権」を捨てられない古臭い国家とは異なり、「地方の自治と中央の権力を両立させた新しい連邦国家」としてスタートし、注目を集めた。計画通り多様性がうまく機能したせいなのか、その後、順調に成長を続けたドイツは遅ればせながら列強の仲間入りを果たし、植民地帝国を築いていく。ところが、調子に乗った皇帝が「オーストリア=ハンガリー帝国とスラブ系国家とのちょっとしたいざこざ」に便乗してフランスに攻め込んだことから第一次世界大戦に発展し、敗れたドイツ帝国は半世紀もたずに瓦解してしまった。
1919年、新たに誕生したドイツ国は有名なワイマール憲法を掲げた理想的な民主主義国家としてスタートし、再び世界中の注目を浴びる。ワイマール憲法はその後の各国の民主主義憲法の手本となるほどすぐれたものだったのだが、民意に忠実すぎる政治体制を巧みに利用したヒトラーによってあっさり乗っ取られ、第二次大戦の大敗につながったのは歴史の授業で習う通りだ。ちなみにヒトラーもかなりの理想主義者で、高速道路網アウトバーンの建設やロケット(ミサイル)とジェット機の開発支援など未来志向の強い政策を数多く進めている(煙草の害を最初に指摘し禁煙運動を始めたのもナチスである)。
戦後、東西に分裂させられたドイツだが、朝鮮半島のようにお互いを攻撃しあうことはなく「理想の分断国家」を演じてきたからこそ平和的な統一を成し得たのだろう。しかもそのとき、国内の混乱を防ぐために大暴落していた東ドイツマルクを西ドイツマルクと等価交換したのは大英断だったと思う。そしてこれはドイツらしい理想主義的な政策が成功した希有なケースといえる。もっとも、その原因となったのは「理想の社会主義国」を目指した東ドイツがあまりに無茶苦茶だったからで、最後は虚構だらけのインチキ国家に成り下がってしまった。
これら「失敗の歴史」の背景にあるのはドイツ人特有の理想と現実の乖離であり、要するに「見せ方はうまいが実態は全然違うじゃん」というのが良くも悪くもドイツの実像なのである。そういえば、社会主義にすればすべてうまくいくという理想を世界中に撒き散らしたのもドイツ人(正確にはプロイセン人)のカール・マルクスだった。
現在もドイツはさまざまな理想を掲げ、突っ走っている。政策がすべてが現実離れしているとまではいわないが、それでも多くは「本当に大丈夫なの?」と疑問をもってしまうものだ。とにかく政治ショーのようなきれいごとばかりが目立つ(特に難民や環境・エネルギー政策はあまりに実現性に乏しい)。さらには、実際にはたいしたことはやっていないのに「私たちはこういう未来を目指しています」と宣言することで先進的なイメージを国外にアピールするケースもあり(クリーンディーゼルなんかがそうだ)、けっこうたちが悪い。
EUが大きく成長したのは参加国にとって経済的なメリットが大きかったからだ。昔はアメリカ製品、1970年代ごろからは日本製品に多くの市場を奪われてきたヨーロッパが生き残りを図るには自分たちだけでビジネスを寡占するしかない。このため域内では関税をなくし、域外からの輸入には高い関税を課すといった強行手段に出る。本来は自由貿易に反する行為として国際社会から糾弾されてもおかしくはなかったのだが、ヨーロッパという「小さなグローバル」を形成することで平和が維持されるだろうという期待と引き替えに容認された。その結果、域内で圧倒的な工業生産力を誇るドイツは大きな利益を得るのである。
ただし、これを見て「EUで得するのはドイツだけ」と解説する知識人はよくわかっていない。いくらなんでもそれでは成立しないだろう。二番目に工業力をもつフランスはそこそこ儲けているし(原子力による安い電力を輸出できるのも強み)、人件費が低く農業が盛んな中・東欧諸国にとってもメリットはある。だからこそ大農業国のトルコはなんとかEUに加盟しようとし、大量の難民の引き受ける約束をした。
EUができたことでもっとも被害を受けたのは日本とアメリカで、それまでのように簡単に輸出できなくなったため域内に工場をつくり現地生産に切り替えた。それでも両国とも高い国力を発揮できる分野があるので対EUビジネスではそれなりの利益をあげている。関税の壁があってもそれより安い価格で生産できた中国もEU大歓迎だった。ただし、生産コストがアメリカ並みになった現在、EUへの輸出は徐々に厳しくなっていきそうだ。
このように経済的には成功したEUだが、政治的にも統一を図っていこうとする段階で齟齬が生じてくる。もともと「小さなグローバル」を目指していたのだから多様性を許容すればいいのに、なぜか共通化を強力に推し進める。たとえば「煙草は健康に悪いからこういう場所では禁煙」と決めると、それぞれの国の習慣や事情など関係なく同じルールを徹底させる。他にも政治・社会・産業などなどあらゆる分野で非常に細かいEU規定が設けられ、加盟国は国の主権を越えてその遵守を求められた。しかも規定の多くがドイツ風の理想主義をベースにしているので、そこまで厳しさを求めない国の人にとっては戸惑うばかりだ。結果、EUは「小さなグローバル」ではなく「大きなローカル」になってしまった。しかもかなりドイツ色である。このような一方的なやり方がずっとうまくいくとは思えない。
理想をひたすら追求しながら数十年ごとに大失敗を繰り返してきたドイツはこれからもその歴史を続けるのか、あるいは今度はちゃんとゴールにたどりつけるのか、未来のことは誰もわからない。しかしEUという同じ船に乗るのが正しいのかどうか、今、ヨーロッパの人々は決断を迫られているのである。
日本ではドイツのことを理想的な国家だと持ちあげる人が多い。先進的な環境およびエネルギー政策、難民への人道的な対応、そしてEUという未来志向の地域統合体を築き、中心になって運営してきているところなどが評価のポイントのようだ。しかし、そんなに手放しで誉められるほどすばらしい国なのだろうか?
ドイツが「理想的な国家」なのは、ある意味、事実で、いつの時代もこの国は理想を追求してきた。1871年、普仏戦争に勝利したプロイセン王国は同族の周辺諸国を統一してドイツ帝国を成立させる。ドイツの近代史はここから始まるのだが(実は明治維新より遅い)、フランスのように「市民革命を経ても王制時代から続く中央集権」を捨てられない古臭い国家とは異なり、「地方の自治と中央の権力を両立させた新しい連邦国家」としてスタートし、注目を集めた。計画通り多様性がうまく機能したせいなのか、その後、順調に成長を続けたドイツは遅ればせながら列強の仲間入りを果たし、植民地帝国を築いていく。ところが、調子に乗った皇帝が「オーストリア=ハンガリー帝国とスラブ系国家とのちょっとしたいざこざ」に便乗してフランスに攻め込んだことから第一次世界大戦に発展し、敗れたドイツ帝国は半世紀もたずに瓦解してしまった。
1919年、新たに誕生したドイツ国は有名なワイマール憲法を掲げた理想的な民主主義国家としてスタートし、再び世界中の注目を浴びる。ワイマール憲法はその後の各国の民主主義憲法の手本となるほどすぐれたものだったのだが、民意に忠実すぎる政治体制を巧みに利用したヒトラーによってあっさり乗っ取られ、第二次大戦の大敗につながったのは歴史の授業で習う通りだ。ちなみにヒトラーもかなりの理想主義者で、高速道路網アウトバーンの建設やロケット(ミサイル)とジェット機の開発支援など未来志向の強い政策を数多く進めている(煙草の害を最初に指摘し禁煙運動を始めたのもナチスである)。
戦後、東西に分裂させられたドイツだが、朝鮮半島のようにお互いを攻撃しあうことはなく「理想の分断国家」を演じてきたからこそ平和的な統一を成し得たのだろう。しかもそのとき、国内の混乱を防ぐために大暴落していた東ドイツマルクを西ドイツマルクと等価交換したのは大英断だったと思う。そしてこれはドイツらしい理想主義的な政策が成功した希有なケースといえる。もっとも、その原因となったのは「理想の社会主義国」を目指した東ドイツがあまりに無茶苦茶だったからで、最後は虚構だらけのインチキ国家に成り下がってしまった。
これら「失敗の歴史」の背景にあるのはドイツ人特有の理想と現実の乖離であり、要するに「見せ方はうまいが実態は全然違うじゃん」というのが良くも悪くもドイツの実像なのである。そういえば、社会主義にすればすべてうまくいくという理想を世界中に撒き散らしたのもドイツ人(正確にはプロイセン人)のカール・マルクスだった。
現在もドイツはさまざまな理想を掲げ、突っ走っている。政策がすべてが現実離れしているとまではいわないが、それでも多くは「本当に大丈夫なの?」と疑問をもってしまうものだ。とにかく政治ショーのようなきれいごとばかりが目立つ(特に難民や環境・エネルギー政策はあまりに実現性に乏しい)。さらには、実際にはたいしたことはやっていないのに「私たちはこういう未来を目指しています」と宣言することで先進的なイメージを国外にアピールするケースもあり(クリーンディーゼルなんかがそうだ)、けっこうたちが悪い。
EUが大きく成長したのは参加国にとって経済的なメリットが大きかったからだ。昔はアメリカ製品、1970年代ごろからは日本製品に多くの市場を奪われてきたヨーロッパが生き残りを図るには自分たちだけでビジネスを寡占するしかない。このため域内では関税をなくし、域外からの輸入には高い関税を課すといった強行手段に出る。本来は自由貿易に反する行為として国際社会から糾弾されてもおかしくはなかったのだが、ヨーロッパという「小さなグローバル」を形成することで平和が維持されるだろうという期待と引き替えに容認された。その結果、域内で圧倒的な工業生産力を誇るドイツは大きな利益を得るのである。
ただし、これを見て「EUで得するのはドイツだけ」と解説する知識人はよくわかっていない。いくらなんでもそれでは成立しないだろう。二番目に工業力をもつフランスはそこそこ儲けているし(原子力による安い電力を輸出できるのも強み)、人件費が低く農業が盛んな中・東欧諸国にとってもメリットはある。だからこそ大農業国のトルコはなんとかEUに加盟しようとし、大量の難民の引き受ける約束をした。
EUができたことでもっとも被害を受けたのは日本とアメリカで、それまでのように簡単に輸出できなくなったため域内に工場をつくり現地生産に切り替えた。それでも両国とも高い国力を発揮できる分野があるので対EUビジネスではそれなりの利益をあげている。関税の壁があってもそれより安い価格で生産できた中国もEU大歓迎だった。ただし、生産コストがアメリカ並みになった現在、EUへの輸出は徐々に厳しくなっていきそうだ。
このように経済的には成功したEUだが、政治的にも統一を図っていこうとする段階で齟齬が生じてくる。もともと「小さなグローバル」を目指していたのだから多様性を許容すればいいのに、なぜか共通化を強力に推し進める。たとえば「煙草は健康に悪いからこういう場所では禁煙」と決めると、それぞれの国の習慣や事情など関係なく同じルールを徹底させる。他にも政治・社会・産業などなどあらゆる分野で非常に細かいEU規定が設けられ、加盟国は国の主権を越えてその遵守を求められた。しかも規定の多くがドイツ風の理想主義をベースにしているので、そこまで厳しさを求めない国の人にとっては戸惑うばかりだ。結果、EUは「小さなグローバル」ではなく「大きなローカル」になってしまった。しかもかなりドイツ色である。このような一方的なやり方がずっとうまくいくとは思えない。
理想をひたすら追求しながら数十年ごとに大失敗を繰り返してきたドイツはこれからもその歴史を続けるのか、あるいは今度はちゃんとゴールにたどりつけるのか、未来のことは誰もわからない。しかしEUという同じ船に乗るのが正しいのかどうか、今、ヨーロッパの人々は決断を迫られているのである。


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